過去の渓(七ヶ宿烏川 )Ⅱ

もうだいぶ前のことになるが、謙ちゃん宅の裏庭で横川の下流域の探釣に行く僕の話を聞いていた彼が突然烏川を思い出した。

「あそこに大友さんと二人で行くから宜しく」と、言う事になった。

何のことはない。、早く終わったら上流まで迎えにきてほしいというのだ。烏川は 川沿いに道がないので入渓地点まで戻るのが結構しんどいのだ。

だから、すぐ近くの横川での釣りを終えたら上流まで車で迎えに来て欲しいというのだった。もちろん僕は渋々頷いた。

 

横川は期待していたわけではないのだが、予想していたとおり僅かの水量しかなかった。

おまけに毛針に出るのはギンザケの稚魚ばかりときては、さすがに辛抱できるわけがない。

ギンザケは春早くまでは山間の養殖池で育てられた後、志津川などに運ばれて海中飼育に供されるのだが、時期を逃すと商品価値が無くなってしまうのだ。

そのために養殖業者は、最寄りの川に放流(投棄だ)してしまう事が良くあるのだ。

水を盗まれた川でゴミの魚と(ニジマスやギンザケは東北地方では自然に繁殖できないので僕らはこうよんでいる)遊んでいるのは、あまり気分の良いものではない。

早々に切り上げ、彼等を迎えに行くことにした。

 

続く

過去の渓(七ヶ宿烏川 )Ⅰ

     
  七ヶ宿ダムの中ほどに右岸から合流してくる川に、烏川がある。

この話は死に行く川との哀しい別れ話だ。

いまは満々と水をたたえたダム湖の切れ込みのバックウォーターになっているあたりに堰堤があった。

それは、かつては白石川の合流点から千メートル近く流れを溯った所にあり、僕が始めてこの川を訪れたのは、夥しい砂がこの堰堤に溢れ出すほどに滞積した頃だ。

下流にその砂が溢れ出し淵や瀬を平坦に変え始めた流れは、とても渓魚など住んでいそうには見えなかったが、思いがけなくもその深みから幅広の山女魚を何匹も釣り上げたのである。

山女魚は増水後に良く見られるような、体表を覆う粘膜が霞んだようになっていて、滲んだ桜色がとても綺麗に見えた。

 

それから何度も通い詰めたが、堆積する砂と比例するように期待を裏切られることが多くなり、当然のことながら通うことも少なくなった。

そんな過去の渓でも、暫くすると釣友の誰かが過去の忘れ難い思い出を引っ張り出して『どうなってっか見でくっから』と、思い出し、様子を見に行くことがあるものだ。  

続く   
 

一人暮らしに(Ⅳ)

 心躍る季節が全て過ぎ去って、瞬時の空白を経て新潟は雷の季節を迎える。けたたましい音と共に日本海を渡って寒冷前線が駆け下りて来たのだ。

爆撃のような雷鳴の後になり先になり波のように押し寄せる霰、そして雨。鳴り物入りに告げられる冬の到来は、季節の自己主張そのものだ。生きている地球の鼓動だ。

それを受け止める感性は思春期の震える心が最も相応しい。

五十を前にした男には相応しくない台詞かもしれないが、それは許してほしい。
誰にでも、何時まで経っても失いたくないものがあるのではないか。

そして、望まなくても確実に失われて行くものがあまりにもたくさんあるのだから、何も、どんな場合でも、大切なものを捨てる必要などないのだ。

 


 夜明けまえに家を出た。

川を見ておかないと心が落ち着かないのがこの頃で、なぜかを考えれば自ずと合点が行く。

長く連れ添った伴侶のようになっているのだ。だから、しばしの別れの前に瞼に焼き付けておきたいのだ。

 


でも、つれないものだ。長く走ってここまでやって来たのに、土砂降りに近い霰と霙が容赦なく車窓を叩き続けている。その窓の向こうに見える膨れ上がった濁流は春までの期待を瞼に焼き付けるに相応しいものではあり得ない。


すべての事象は、この中年男の一途さを気に掛けることもなく、何に媚び諂うこともなく、ただ、ただ流れ続けているだけである。


 

一人暮らしに(Ⅲ)

 今日は町内の一斉清掃日です。私たちは一応、環境衛生の役を仰せつかっているので、今日も早起きです。

夜の間中降り続いていた雨も、午前6時を前にパタリと止み、中止の場合来るはずの連絡もないので身支度をして出かけました。

 

公園と道路。いつもよりも少ない16名を確認。約1時間の作業で公園の雑草を10袋。お疲れ様でした。

 

しかしふと、気がついたのですが、他の地区に人影はなく、どうも中止だったようなのです。私らが夜働いているので、事前に行われた打ち合わせで、何らかの齟齬があったようです。

 

でも、結果オーライですよ!!!。なぜって????。だって来週に延期になったらそれこそ釣りに行けないじゃあありませんか。

来月1日は、いよいよアユの解禁です。7/4が楽しみです。

というわけで今回のエッセイも第三回です。単調な内容なので退屈でしょうがお付き合いください。

 

 

長い冬の間は湖のワカサギ釣りに興じながら春の訪れを待つのだが、新潟にはワカサギの釣れる良い湖が見当たらない。

手持ち無沙汰を楽しめる性格でもないので、二十年かぶりに本格的に海に向かってみた。


秋田の男鹿、山形の庄内そして新潟と話には聞いていたがさすがに当地は海釣りのメッカである。

釣りの文化が息づいている。

僕が文化を語るのはおこがましいのだが、その理由はといえば、女釣り師や老夫婦釣師が多い事と、何よりその拠り所としたいのは防波堤に近い道路が駐車禁止にも関わらず『やむおえず止める場合の止め方』が釣具店に掲示してある事だ。

素晴らしいという他はない。

えっ、『そんなのは文化でも何でもない』。ご指摘ごもっともです。

しかし、文化とは考えや行動の異なるジャンルに広く理解を示す事。つまり心の広さである…と思う。

 

さて、肝心の釣果の方は残念ながら今ひとつだったがそれでもひと通りの魚とは対面できた。

対面できた魚はアジ、カマス、サヨリ、クロダイ、イナダ、フグ、コチ、キス、ベラ、石鯛の子供とチンチン(黒鯛の小さいやつ)、ボラ、コハダ、ハゼ。実に日本海の魚種は多彩である。それにしても圧倒的に数の多いフグの餌盗りにはいささかうんざりだったが、しょせんは手慰みに近く、本命を黒鯛に絞り込んだが、果たせないまま冬になってしまった。


吹雪をものともしない黒鯛一筋の律義な釣人も居るようだが、とてもとても、僕の遠く及ばない世界ではある。

続く

一人暮らしに(Ⅱ)

文節の冒頭に戻るが、一人で居ると沈黙に耐えきれなくなる時が必ずやってくる。

そんなとき、知らぬ間に独り言をいっているのに気がつくと自然に笑いがこみあげてくる。

その事がおかしいので、また、悲しくも声を出して笑ってしまう。というといかにも暇をもてあましているように聞こえるが、休日に関してはこの限りではない。

 

いつもの年であれば、夏の鮎釣りが終わって少しの間ヤマメ釣りに興じた後、茸採りに変身する頃が、一年で一番忙しい時期である。

マイタケからナメコ採りと続いていくこの季節は、短い人生の中での『特に許され限られた部分』なのだ。

フィ-ルドは永遠にあり続けたとしても『そこ』に行けなくなる時期が遠からず必ずやってくるのだから。


  原生林の中で疲労困憊の末辿り着いた大木の根元でマイタケに会えたその瞬間。苔むしかけたブナの倒木の表面が隙間なくナメコに覆われている場に巡り合った瞬間は、豊饒な自然の恵みを実感するときで、その喜びは生きる喜びと呼ぶに相応しい。

けれど今年は僕の縄張りの宮城の山は何年かぶりの不作だったし、不慣れな新潟の山はといえば花崗岩に刻まれた急峻な地形が厳しそうだったので、ためらっている内に、あっという間にシーズンが終わってしまった。

 

続く

一人暮らしに(Ⅰ)

 もう10年も前になりますが、新潟にあったパブブルワリーで地ビールを造っていたころのエッセイです。

暇つぶしに読んでくだされば幸いです。

 

新潟で一人暮らしを始めてから最初の秋を迎えた。八年ぶりの単身生活だが、東京に行ったときと違って、あまり不自由を感じないのは、慣れというよりは自から望んでやって来た職場だからだろう。

前回とは大いに違うこの充実ぶりに対して全く同じなのは、月2回の、故郷との往復生活のパタ-ン化だ。端から見れば結構大変なようにみえる故郷との往復であるが、そのエネルギーと使う時間は、むしろ楽しみでさえある。  僕にとって時間とは不思議なものであるが、恐らく誰もがそう感じているのではないだろうか。

無限なようでいて、瞬間にしか過ぎないと思えるときがある。

遅々として過ぎ去らぬときもある。またゆっくり流れている場合もある。

人によって、相手によって、場所によって、全く異なった時間。あるのか、無いのかさえ判然としない『存在の不可思議』がそこにある。だからこそ千変万化の時の流れに逆らわず漂うことはとても心地が良いものだ。
 

ともあれ、仕事を終えて一人になれば、無言で過ごす日々の繰り返しがほとんどだ。そんな『時』の中では嫌でも自分の心と向かい合わねばならなくなるときも多くなる。時を共有する友人が圧倒的に少ない環境のなかで、その消化は大きな課題だ。

それでも九月までは、宮城からの釣友が時々訪れるので、楽しみがあるが、どうせ鮎の季節が終われば来なくなるに決まっている。

鮎の顔を見るついでに『師匠』の所に来るようで嘆かわしいが、釣り師としてはすこぶる正常でもある。

道具に惚れる(最終回)

ワールドカップも出場国がひととおりゲームを済ませて、いよいよ第2ラウンドです。

ところで、いやいや、昨夜はスペインがまさかの敗戦。スイス恐るべしですね。サッカーはやってみなければわからないということですか。

我が日本代表にも〝まさか〟の期待をして土曜日を待つことにしましょう。

それでは道具に惚れるの第三回です。我が下手くそエッセイの成り行きに幾人かの方が関心を寄せて頂いており感謝申し上げます。

 

最終話

翌週、やはり控え室で雑談に興じている僕のところへ、片手に紙包みを持ったHが現れた。

紙包みを目の前に置きながら一言『あったよ』という。

僕は驚いて大きな声を出した。
『ありがとお~!やっぱりあったのぉ』『んだげんとも片づげっ時、何も無がったはずなんだよなぁ』

Hは僕の呟きにこう切り出した。
『見つけられるわげねえすぺ!土の中さめり込んでだんだがら!』

『何ぃ、そおすっと、車出すどぎタイヤで踏んづげでしまったんだいっちゃぁ!』『使えっかどうが試して見ねっけねえなや』

タンクの肩の部分がやや凹んでいるコンロの歪んでしまっている五徳の部分をペンチで元の位置に直してからポンプで空気を入れた。
 

ガス漏れはないようだ。
バルブを開き、マッチで火をつける。
コンロは喘ぐように赤い炎を立ち上らせた後、少しおいて青白い炎になった。

僕とHは、何事もなかったかのような、静かな力強い炎を前に思わず感嘆の叫びをあげた。

なんという健気な頑丈さだろう!
いくらアスファルトのような固い路面ではないとはいえ、車に轢かれても壊れなかったのだ。僕はふと、行ったことも、実際に見たこともないエベレストの頂上を見上げながら炎を上げているコンロの姿を見てしまったような気がした。

そしてこの瞬間から、コールマンピークワンは生涯アウトドアを共にするに値する道具のひとつになったのである

道具に惚れるⅡ

昨日も釣り。ただしこの日は釣り以外にも目的が。

私の友人で、アユ釣りで師と仰ぐ下山氏。この方はかつてアユ釣り競技会の最高峰、東西対抗準優勝という輝かしい記録の持ち主です。

アユ釣りトーナメンターは時間を自由にできる自営業の人がほとんどですが、彼はサッポロビールに勤めていながらの『サラリーマン名人』として有名でした。

現在は山形の小国川でフィッシングガイド下山を経営しておられる『釣り師の鏡』のような方なのです。

7月の解禁を前に顔写真入りの入漁証を彼のところで更新するのが今日の副目的です。

釣りに惚けているうちに、季節は確実に進んでもう梅雨入りですね。さらについでといっては何なのですが今日は梅雨を代表する植物を切り抜いてきました。

ハリエンジュ.JPG

一つ目はハリエンジュ豆科の香りの強い花です。ちょっと香りが強すぎるかも。花で焼酎漬けを造ったことがありますが、香りが強すぎて×でした。

 

桑.JPG二つ目は桑の実。黒くなると完熟です。唇からベロまで紫色にして食べまくったこどもの頃の記憶。これは日本が誇る最高のベリーです。果実酒にすると、へたな赤ワインが霞んでしまうほどのインパクトがあります。

 

さてエッセイの本題に入ります。今回は仙台弁丸出しです。

翌日職場の控え室で、後悔の念にさいなまれながらお茶をすすっていると、後輩のHが現れた。
いつも一緒に遠征することが多いHだが、今回の釣行は彼の勤務の都合で一緒には行けなかったのだ。

『釣れだすか?』。

『釣れだよ』『んでも、ガスコンロおどしてきてしまったやぁ』。

『どごさおどしてきたのぉ』。

『○○沢の林道さだいっちゃ』。

『あやぁ~!もったいねごどぉ』『とごろで俺、明日から休みなんだげんともどごさ行ったら良いべね』。

”しめた!!!”この一言に間髪を入れずに僕は返答した。

『んだ!○○沢に行げば良いべや』『さがなはいっぱい居だべし、ついでに俺がテント張ったどご見で来てけだら良いっちゃ』。

あきれ顔でHは言う。
『もうあるわげねえすぺ』。

『うん、俺もそう思うんだげんとも、もしかしたらっ!ていうごどもあっかもしゃあねっちゃ』。

すがるような僕の懇願に負けて渋々Hが頷いた。

・・・というわけで、Hは僕の願いを背中に翌日旅立っていった。

道具に惚れるⅠ

会社勤めの頃は連泊の釣旅によく出かけたものだ。
  そのころは、夜通し営業しているコンビニエンスストアなどというものはどこにもない時代なので、泊まりの釣行ともなれば、米などの食料品とともに煮焚用のコンロは必ず持ち歩かなければならなかった。
 
 僕が愛用していたコンロは二つあった。
EPIのガスコンロとコールマンピークワンというホワイトガソリンを燃料にする小さなやつで、特段のお気に入りはピークワンのほうだった。
エベレスト登頂隊でも使われたというコピーもその信頼性を雄弁に物語っていて、迷わず購入したものなのだ。
ライターの炎を近づけるとコンロは期待に違わず、静かに力強く青い炎を上げる。
飯もお茶もおかずも、またたく間に湯気を立ち上らせ、渓流の冷たい水で冷え切った体までも温めてくれる頼もしいやつ・・・それがピークワンだったのである。

それが、なんということだ。もっとも大切にしていたそれを置き忘れてしまったのだ。
釣行から帰って車の荷台から荷物を片づけていてそのことに気がついた僕は、「ああ!」と大きな声を出した。

記憶の糸をたぐり寄せる。すべてを撤収したテント場には何ひとつ落ちていなかった。
きちんと確認したはずなのだ。確かに何もなかったのだ。
車を移動してから再度確認したのだ。ゴミ一つ無かったはずなのだ。
しかし最後に使ったのはその場所に間違いはなく、岐路、車中から落下するはずもない。

狐につままれたとでも言うのだろうか。
とって返すには遠すぎるし明日の仕事のことを考えれば、その場所に戻る時間などあるわけがない。
僕はがっくりと肩を落としてしまった。

続く

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