山と森への恋文(Ⅴ)


間もなく渓を渡って、上空に搬出用のケーブルが引かれると、いよいよ略奪が開始される。

後は択伐も皆伐もない。

択伐とはいっても、倒れ落ちる木の巻き添えになって引き裂かれる山毛欅は数え知れない。

ブルトーザーが縦横に走り回った山の急斜面は、赤土がむき出しになり、植生が回復する前に果てしない崩壊を始める。

 


  あれは営林行為ではなく、略奪そのものだと僕は思う。

山毛欅林の略奪される様は、その略奪される過程を見たものでなければ分かるはずもない。

そしてその驚くほどの素早さと徹底した手際のよさと、ズル賢さを知らなければ山毛欅林の保護など決して成し得ない。

林道や登山道から眺めても営林署の巧妙さ故に、実態など分かるはずもなく、切り倒された惨状を見て嘆いても後の祭りなのだ。

 


            閉井川にて

  お爺さん釣れるすか

 

駄目だ
  さっぱり駄目だ
  さっぱり釣れねげんとも何もしねよりいい
  いつも釣れねのすか

 

この頃はずっと釣れねな
  昔は釣れたげんともなあ
  昔は鮎なんてなんぼでもいだ
  種なんて手網で掬ぐったもんだ

 

なんで釣れねぐなったのっしゃ

 

営林署のせいだ
  担当区つうのが出来で
  山の木ば切って杉おがらせるために
  笹ば枯らす除草剤まいだっけ
  鮎っこさっぱり来ねぐなってしまった 
  川の水がうんと少なぐなってしまった
  雨降っとすぐ濁るようになっちまった

 

 

そうなのですね。

あの夏閉井川で、朴訥としてオトリ鮎を枯れ細った流れに泳がせていたお爺さん。

川へ駆け降りて話しかけると、始めのうちこそ口数も少なかったけれど、やがて胸の奥に支えていたものを吐き出すように、それも啖々と語ってくれたのを覚えています。

貴方はあの時八十歳とおっしゃっておられたから、健在でおられればもう九十五歳になっておられるはずでしょう。

穏やかな語り口の中に込められた貴方の嘆きを僕はいつも心の中に抱いてきました。

あの出会いは、それまで森と水と魚達の関わりを慮ろうともしなっかった僕にとって衝撃的なもので、僕はその時、貴方のような年寄りになりたいと思いました。
 

 

それから僕は急速に、山へ。森へ。川へ。とのめり込んでいった。

それ等を通して見たものや、触れたもの。そして感じたものは、酵素の持つ合鍵のように、忘れかけていた僕の血と、幼少の頃の北蔵王での心満たされた日々を思い起こさせ、僕の魂は、帰るべき場所に辿り着いた。

           

 

野の花

 

桔梗は僕の心の色です
  ふしぐろせんのうの朱の色は
      僕の血の色です

 

間林の草原にひっそりと咲く女郎花は
      僕の祖父への盆花です

 

寂しい花とお思いでしょうが
      決してそうではありません

 

みんな心に熱いものを持っているのです
      熱い心で夏の終わりを飾るのです
                                     
 

何も彼もゆったりと流れていた時代には
      艶やかな花は似合いません

 

花の咲く草原の奥深く
      深い森があるのです

 

貴方に見せたい山毛欅の森があるのです
  だから僕は・・・
      今でもゆっくり歩くのです
  だから僕はいつでも満ち足りているのです
 
 

 

朝六時。まだ暗い中を、僕は身支度を整えて歩きはじめる。

 

つづく
 

山と森への恋文(Ⅳ)

僕が好んで山毛欅の森を彷徨うようになって、長い年月が経った。

思えば、僕の母も、その生家の長い歴史が生業を山に求めていたのである。

曽祖父に至っては、北蔵王のマタギだったのだから、僕の血脈はそのように宿命づけられていたのかもしれない。そして僕はこの考えをとても気にいっている。
 

 先人達は、僕に彼等の楽しんだ森を残してはくれず、唯、その血脈だけを残して去ったのだ。
 

彼等の彷徨った恵みの森は、もはや北蔵王のどこにもなく、かつてのその場所は、いま、杉林や笹藪に置き換わってしまっていた。
  

僕はその血をどうすれば良かったのだろう。

あてもなく、ただ、何処とも知れぬ山麗に分け入る時が過ぎて、そしてやっと僕の求める山毛欅の森を、この船形山の山中に見つけることができたのだった。

         

 

   山毛欅

  林立する山毛欅達よ
  お前達の姿は御身と呼ぶに相応しい

  身の丈は百尺を越え
  幹の周りは十五尺もあろうか
  御身達は何時の頃からここにいるのか
  御身達は時と煩悩を超越したのか

  鳴呼・・・僕は何をなせばいいのだろう
鳴呼・・・僕に何ができるのだろう

  一つ峰の先にはブルトーザーが迫っている  二つ谷の先ではチェーンソーが唸っている
  人間など滅びてしまえと
    生きるものはみんな言っている

 

 

高度経済成長期の『ブナ退治』と呼ばれた皆伐のやり方には、すさまじいものがあった。


 山肌を切り裂いて造られた林道から、伐採に使われる資材と、営林署の雇われ人が森の中に進入すると略奪の始まりだ。

雇われ人達の手で、山毛欅にとっては〝死刑宣告〟ともいえる赤いペンキがひと周り吹き付けられ、さらに〝皆伐予収〟と書かれた黄色や白のビニールラベルが貼り付けられた。


伐採の目的とはいったいなんだろうか?

林野庁の乱暴な行為が、徐々に世間に知られ始めると、彼らはしきりに〝森の若返り〟と、そのための〝老齢腐朽木の択伐〟を強調し始めた。

いわゆる〝間引き〟なのだと。

でもなぜか、皆伐をやめたはずなのに〝択伐予収〟と書かれた白いビニールラベルが張り付けらるのは、森の外縁部だけなのだった。


 〝択伐〟など大嘘で実態は違っていた。実際は檜葉や楓などの商品価値の高い樹種と、健全な山毛欅の大木の収奪が目的だったのだ。


つづく

山と森への恋文(Ⅲ)

夏に森を訪れるものはほとんどいない。
この、巨木の森まで辿り着くものは更に少なく。この僕さえも訪れることはない。
 それでも、深く刻み込まれた渓谷には空の魚籠をぶら下げた血迷った釣り人や、冒険心に富んだ沢登りの若人がやってくる。


けれど彼等は谷底を通り過ぎるだけで、森の中に入ることはなく、 その事はとても好都合なことに違いない。森にとって、夏は冬と共に、豊潤な恵みを育むために、無くてはならない醸成期間なのだから。 
 
 僕が山毛欅の森に抱く「思い」を理解できる人はおそらくあまり多くは居ないだろう。

声高に山毛欅の保護を叫ぶナチュラリストや、見識の高い学者達の山毛欅林に対する思いと、僕のそれは明らかに異質である。

また、生活の一部を森に依存する山村の人々や、山毛欅と山人の生活を食い物にする、業者や政治家とも、まったく異なっていることは言うまでもない。

僕にとっての山毛欅林とは、人間やその将来にとって、あるいは利益のために必要なのではなく、「今僕が生きていくために必要なもの」と言う点で・・・。

つまり僕が異質なのである。
 

だから、僕のことを誰もにわかって貰いたいなどとは言うつもりはない。

唯、太古から営々と続いている山毛欅の森の、神々しいまでの美しさと不思議さを、誰もに話してみたいのだ。

接点

  渓を下る奔流は
一滴一滴の水の連なりから生まれる

  その水を生んだのは天
  それを育んだのは巨木の森

  純粋と豊潤の調和
  岩魚達も山女魚達もなぜそこに住むのか
  そして僕はなぜ釣るのか

  岩魚達も山女魚達もなぜ流れを遡るのか
  そして僕も

  流れの源には彼等の見たいものがある
  遡れば僕の見たいものがある
  純粋と豊潤の調和と
    虚ろい行くものと
    変わらぬものの接点がある

つづく
 

山と森への恋文(Ⅱ)

巨木の森

  故郷の森の上を今も白雲が走っている


  瞳とじれば
    突然訪れる霖雨の下で
    僕の魂は巨木の森に囲まれて立ち


  見上げれば
    揺れる末梢の輪廻のざわめき
    幹を伝わる幾筋もの流れ


  見渡せば
    林床の千島笹に守られて
    苔むした倒木の群れ
    菌類の目覚め
    風
    鳥
    獣
    水のハーモニー


小枝踏む足音だけが長い眠りを破る

    音もなく
    巨木の森を縫って
      靄が引き
    樹間をさいて
      林床に光さすと
    山毛欅の幼木が芽吹く
    山なめくじの粘液が宝石のようだ
    千年の眠りと万年のいとなみ

    僕の命はとても短く
    巨木の森に残した僕の痕跡は
      息も絶え絶えで
      都会にいった抜け殻と
      一つになれる時をじっと待っている

  故郷の森の上を
      今も白雲が走っている
  僕の幻は倒木の上に立ち
      巨木の樹間にかいま見える
      青い空を見上げている

  夕暮れに始まった虎鶫の寂しげな鳴き声は、断続的に遠く近く夜を通すが、遥か東の彼方の水平線が白々と明けはじめると、もうそれも終わりを迎える。


  七月のある朝、水平線から射し込んだ光は、たちまちのうちに山懐を這い上り、頂きから山麗までを覆い尽くしていた雲海が暖まると、靄は徐々に蒸発する。

そして原生林にも明るい陽射しが差し込んで、あの、僕だけの「巨木の森」にも短い夏がやってくる。

つづく

山と森への恋文(Ⅰ)

  観光客で混み合う定義山の駐車場を抜け、大倉川に沿って曲がりくねった道に架かる橋をふたつ渡ると、広々とした開拓地がどこまでも広がっている。

田舎に行けば珍しくもない、牛とデントコーンの世界。その世界が果てるところに車で行くことのできる道の終わりがある。
 

 そこから先へ進もうとするのなら、車を乗り捨てて、先人の刻みつけた踏跡をたどる他はない。もし、君にその気があるのなら、そのずっと奥に広がっている、誰も知らない僕だけの世界を教えてあげよう。
 
 

 車止めの先にある船形の頂きに続く登山道は、やがて川から離れて、胸付きに高度を上げる。
しかし「僕だけの森」に続いている道は、いつしか僅かな杣道となって登山道から離れていく。

その道が何時、登山道から派生するのかを明瞭に知る人はあまり多くはおらず、そしてその道をたどることができる人はもっと少ない。なぜなら、道は始まった時と同じように薄暗い原生林の中へ吸い込まれて、やがて消えてしまうのだから。
 
 山の頂きから白い霧が麓へ向かって溢れ出す梅雨時の夕暮れ、夜の闇が頂きへと駈けのぼる。漆黒の闇が何も彼も覆い尽くす時分になると、気の早い虎鶫(トラツグミ)の笛鳴が狭まった渓谷の冷たい空気を振るわせて響いてくる。

その笛鳴を合図に、昼の間、山毛欅の虚や林床の窪地、そして岩穴にじっと動かずにいた獣達の、密やかな活動が始まる。

つづく
 

九輪草

九輪草

五月は突然に暑くなることがある。

 

遡って来たこの川の右岸には、草藪に覆われてひっそりと合流してくる小さな沢があって、釣りを終えて停めておいた車までの格好の戻り道になっている。

小沢に沿った段丘にはささやかな田輔が拓かれていた。

薄い乳白色の雪代が早瀬に溢れる季節ともなれば、植揃えられた早苗の間に若葉の山並みを溶け込ませて、田は緑の鏡になった。

 

トノサマガエルの大合唱の中、タニシやオタマジャクシを見下ろしながら畦道を踏み外さないように注意深く歩を進めたのは二十年も昔のことだ。


今は 背丈よりも高く密生した葦をかき分けて、かろうじて痕跡を残すその道を辿らねばならない。

カエルの声も聞こえない廃田を横切って小沢に降り、まもなく現れる10メートルほどの滝を登れば、川床は歩きやすい岩盤になる。

 

 

川から細い道へあがり気だるそうに歩く。


どこまでも、広がり続ける青い空。
 

乾いた生暖かい南風。


名前もわからない鳥の囀りや、春蝉の涼しげな鳴き声が林のあちこちから響いてくる。

心地よい倦怠感が最上の雰囲気を醸し出しているのに、腰に下げた空の魚籠だけが世間の誰よりも早く起きてここへやってきた僕を責め苛む。

 

 

 道が大きく曲がるところに先ほどの田を耕作していた人々がかつて住んでいた朽ち始めた民家がある。
 

だれもいない家。


のび放題の庭木と草。
 

人がいなくなると、営みの痕跡が自然に飲み込まうのはかくも早い。
 

庭の一番奥まった木陰に、遠目にも鮮やかに桃紅色の花が咲いている。

 

 

サクラソウ科のクリンソウは花茎をすくっと伸び上がらせながら、茎を一回り彩る。


その上に一回り、さらにその上に一回りと、次々と花をつけながらひと月ほどで最上段まで駆け上るこのリングが九輪あるのかどうかいつも気になって数えてみる。

しかし九輪もあるものは希でほとんどは七、八輪で終わっている。

広辞苑によれば、“九輪”とは“幾重にも重なる”比喩的な表現なのだそうだ。


なるほど、と合点がいった。   

 

             

 咲き競った桃紅色の五弁の花びらも六月にはその先端にかろうじて残っているだけになるが、名残りの“九輪”には芥子粒のような無数の種が蓄えられやがての時を待っている。

 

 

かつてここに暮らしていた人々も、何らかの事情で住み慣れた家や田畑を放棄したのだろう。

そして自らの人生と照らし合わせてみても、人の一生は苦楽を織りなした九輪草のようではあるまいか。
 枯れ果てた種子の胞にやがて秋の強い風が吹いて、遠い遠い見知らぬ先に飛ばされたとしても、そこで幾重になる桃紅色の花を咲かせることを祈らずにはいられない。

僕の原体験(Ⅲ)

 友の話をしよう。

東京に住む彼は花を育て、熱帯魚を飼い、ハムスターに凝り、そして今では亀を飼っている。

小学校に入学した頃から僕は、生き物の飼い方について彼から色々なことを教わった。
鳩、二十日鼠、紅雀、亀。
 

借家住まいの上、小遣いもほとんど無い僕にとって、狭くても庭があって公務員の父親を持つ彼の趣味は、憧れでもあった。やりたくてもできない高嶺の花だったのだ。

でも、彼のお陰で僕も生き物が大好きになった。
 

 

  そんな彼の原体験とはいったいなにかを考えてみた。

飛躍かもしれないが、彼にとっては生き物たちとの触れ合いこそが現体験で、今は亀がその回帰への扉になっているように僕には思える。
 

  僕の遠い記憶や故郷が、開発や個人的な諸々の確執で失われたのと同じく、彼もまたあの庭と家庭へと戻ることのできない場所までやってきてしまったことに、変わりはない。 

今あるものは今の家庭、今住んでいるこの場所。そして決定的なものは現在そのものだ。

失われた過去は決して取り戻せないからこそ、彼は東京湾の濁ったクリークを見下ろすマンションの、七階の部屋で亀を飼う。

 


  そして僕は釣竿を片手に過去に向かう。川を溯る行動は回帰した鮭のようだが、決定的に違うことがある。辿り着くところがもはや無く、それ故目的を果たし得ないのだ。

それ故いつも満ち足りず、それはすなわち『不安』の源でもある。
 

 ともあれ僕は『共通の、そして異なる原体験を持つ友』と、遊び、飲み、学び、しばし語る。

この限りある短い人生に出会えたことを喜びとして。

僕の原体験(Ⅱ)

この頃の僕は、この母の実家での誰よりも早起きだった。


薄明の夜明けの小川にはせせらぎ以外の一切の音もなく、幼な葉が朝露に彩られている川岸のススキにはヤゴたちが今まさによじ登ってきている。


凛とした静寂のなかで、歩みを止めたヤゴたちの背中が、やがて音もなく割れトンボたちの羽化が始まる。

抜け殻につかまって縮んでいた羽をゆっくりと静かに確実に延ばしていく命。

息を止めて、その生まれる瞬間を見つめる喜び。


…やがていつのまにか生まれた風が、大きなオニヤンマの柔らかい体をなでていき、山あいの霧が風に運ばれると、切れ切れになったその隙間から幾条もの光が差しこんでくる。


みじろぎもせずに見つめ続けていた僕の前で、その時を待っていたかのように彼等は、大空に飛立っていく。

 

この情景と時代こそが僕の原体験ではなかったのかと問うてみることにした。いや、思い込んでみることにした。
 

涙ぐむほどに心を揺さぶり、心落ち着く『時』。僕が変わってもいつも変わらない『思い出』がそこにある。


 

清水のせせらぐ音

その水中の珪藻から発する刺激的なまでのアロマ

春蝉の時雨

手づかみの岩魚の感触

 

 それらを含めた沢山の感触は長い年月を経ても忘れる事なく五感に刻み込まれている。

そういうものではないのか。

人は都会と社会の喧騒の中でさえも、安らぎの中へ戻ろうとする、帰巣本能を持っているのではないのだろうか。
 

つづく

僕の原体験(Ⅰ)

 最近は一人前の年よりみたいに朝目覚めるのが早くなってきた。
四月のある朝、目覚めると窓の外は濃い霧に覆われていて、薄明の中に町の高架が朧気に見えていた。

ちょうど桜が咲き始める頃で、この頃の朝のまどろみは夢と現実の狭間を漂っていて、不意に忘れかけていた過去にまで連れていってくれる事がある。

夢はもう四十年も前に過ぎ去ったもので、今でもどこかの片田舎には僅かに残されているかもしれない光景だった。


  まっすぐにつづく、砂利に覆われた田舎道の、なだらかな傾斜の先は、来る先も行く先も朝霧の中に静かに吸い込まれていた。


田舎道を自動車が通ることはまれで、一日に二回往復するバスが町とを結ぶ唯一の交通機関であった。

あの頃は自動車がずっと少なかったし、電話さえもこのあたりにはやっとやってきたばかりという時代だった。

 

 道の片側には護岸の施されていない一尋ほどの清らかな水路があり、石組みの低い垣根の上にはグミの老木が植えられていた。
 

その木には大人の人差し指ほどもある、薄い緑がかった空色の蛾の幼虫が幾匹も住んでいて、時々水の中に墜ちてきては哀れな最期を遂げていた。

 その骸の脇を何事もないかのように小さな岩魚の稚魚が泳いでいる。

道の傍らには三軒の家があって、遠くから引かれた山の湧き水が家々の炊事場を経て流れ出したのがこの小川なのだ。
小川の中には岩魚の他にカジカやカゲロウやトンボのヤゴが住んでいる。

つづく

荒川秋色(Ⅲ)

夕方が近ずいて一人二人と釣り場を去っていき、それまで釣人の通り道になっていた岸よりの浅場がやっと静けさを取り戻した。

長い時間釣り竿にトンボをとまらせながら暇を託っていたのには訳があった。
静かになるこの時を待っていたのだ。

つらつらと静かに流れている浅瀬の下手にしゃがみ込んでオトリ鮎を放すと、鮎は流れの小石の隙間を稲妻のように上流へと泳ぎだした。

瞬時のことである。
糸を引くように移動していた目印が一瞬止まり、激しく揺れて逆走し始めた。

それから暫くの間入れがかりになった。
対岸に残っていた鮎師たちの羨望の視線を痛いほど感じながら一頻りいい思いをした。

意地が悪いようだがこれも鮎釣りの醍醐味のひとつだと僕は思う。


  ずっと下流に目を移せば、支流の女川が荒川に出合うところの山陰に秋の夕陽が差し掛かかった。

陽が陰ると川面は急速に色を失った。
上流の丸山大橋の峡谷を抜けて冷たい風がかけ降りてくると、
さあ!もう納竿の時間だ。

そして今日が今年最後の日だ。
 
この100日、鮎のことで頭が一杯のままあちこちと走り回った。

何も彼も忘れて夢中になり、幸せを味わった。
僕の求めに応じてたくさんの命が失われていった。

なのに、僕自身は命を生み出すことをあまり行っていないのだ。

秋色のなかで自戒をこめて自分自身に問いただすことにしよう。今年のシ-ズンを終えるにあたって