あけましておめでとうございます

皆様あけましておめでとうございます。

災害の年も終わり心機一転、復興と未来へ向けての希望に満ちた年にしたいものです。

1月の休日は
9日(月)15日(日)22日(日)29日(日)
8日の日曜日は営業いたします。

1がつのセッションライヴは2回です
21日(土曜日)『あいりっしゅ』の皆さん
28日(土曜日)『TAKUMI&TOSHI』

バーンズは今年も憩いの空間と最高のビールをお約束いたします。
よろしくお願い申し上げます。

ふゆむしなつくさ

キノコの写真でも撮れないかと、先週の日曜日なんと二十年ぶりに東北大学植物園を訪ねました。

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青葉城下にひっそりと息づくモミやツガの原生林!!

多様な生態系。ここは仙台の宝です。

昼なお暗い散策路は森林浴にも最高!。

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西に傾き掛けた太陽に、光り輝く宝石の糸のような蜘蛛の巣が綺麗です。

冬虫夏草(とうちゅうそうか)は昆虫に寄生する茸で、漢方薬や制ガン効果でお馴染みですが、植物園の展示室の標本は一見の価値ありです。

気持ち悪いという人もいると思いますが、私は興味津々です。

IMGP2596.JPGハチに寄生したやつや

サナギに取り憑いたものIMGP2598.JPGのサムネール画像

果てはなんとクワガタにですよ!IMGP2599.JPG

 

 

 

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他にもいっぱいありました。

 

 

これから紅葉も里に下りてくる季節。

皆さんもぜひ東北大学植物園へ行ってみませんか?

この日記をご覧になった東北大学関係者の方は是非バーンズをご利用ください(汗)(笑)

 

忘れないために

3月のあの出来事。
忘れたいといつも強く願っているが、それ以上に忘れてはならないとも言い聞かせている。

「以前に帰りたいと」いう願いが、「今どうなっているのだろうか?」という怖いもの見たさになって、その場所へと僕を誘う。

石巻市雄勝地区。
壊滅した女川とあまりにも悲惨な大川小学校の狭間にひっそりと位置する風光明媚なリアスの半島は、僕にとって忘れ得ぬ思い出の地だ。

どこまでも透明な水と青い空、切り立った断崖に弾ける波。入り江にひっそりとたたずむ白砂の渚。点在する小漁村。それらは今どうなっているのだろうか?


日曜日。
3時間の睡眠の後車に乗った。90分で女川へ。映像と関係するお客様から聞いていた石巻港と、女川の惨状は今更言うまでもない。女川は何も変わっていない。一面の廃墟と、町と港を守っていた外防波堤は影も形もなかった。

リアスの蛇行を30分繰り返すと雄勝町に着いた。
雄勝湾の最奥にある町はもちろんのことだが、湾の縁に連なっていた家々も全てなぎ払われて、言葉もない。

被災地の写真を撮るのはあまり好きではない。美しいもの、感動を覚えるものを写すのが好きなのだ。
だからご紹介する写真はあまり無い。
座礁した漁船と、荒浜防波堤の若い釣り人。釣り人の先には出入口を挟んで向こう岸まで長い防波堤があったのだが。 船.JPG荒浜.JPG

雄勝町の小河川の河口から1㎞ほど遡った何故か象の置物が残っていた被災現場。 雄勝.JPG
その側の流れで見つけた遡上途中の数匹の鮭。 鮭.JPG
新しい命を生み出す営み。希望はどこにでもあるものなのだ。

さらに山を越え大川地区へ。そして長面浦まで足を伸ばした。全ての家と砂浜、松林が消滅し大川小学校から追波湾の全て見える。
見える全ての風景が湿原に戻っていて、夥しい鳥たちが群がっていた。

人の営みのなんとはかなく、自然とはなんと無慈悲でこれほどにも淡々としているのだろうか。
ただただ犠牲になった人々に手を合わせるのみである。

 

山と森への恋文(14)

十メートルほど斜面を登っただけで植生は目に見えて変わり、地下水位の影響をうけにくくなると山毛欅が優勢になって、斜面を分ける鞍部にはネズコや檜、そしてミズナラが目立ってくる。

 落葉が吹きだまり、春遅くまで雪の消えない窪みの斜面にはタニウツギ以外の木々の姿は少ないが、陽当たりがいいために数多くの山菜が群生するところでもある。

この場所を菜場と呼ぶが、この菜場を育むのがおびただしい山毛欅の腐葉土なのだ。

 

 山毛欅の葉に種と種の生活を依存しているのは山菜ばかりではない。

あらゆる森の中でもっとも豊富に存在するといわれる数百種類の菌類もまたそうである。

そして森の中ばかりではなく、渓谷に住む生き物達の食物連鎖にも山毛欅の葉は深い関わりを持っている。

水生昆虫から渓魚に、そして鳥や獣へと、やがてそれは有機質やミネラルとなって森や海へと還元される。これらの断ち切るべからざる流れの中心に…山毛欅の森はある。


 

 山毛欅が杉に置き代われば、植生はやがて滅び、杉の浅い線根と落葉のない林床では、大雨を吸い込むことも出来ず、急峻な表土を持ちこたえられなくなり、山に蓄えられていたものは、持ち出される一方となる。


  山を生産の場にすることに一概に反対するものではないが、現在の林業には哲学もなければ正しい認識もなく、あるものは有史からのかけがえのない財産を、独立採算制のもとに食い潰し略奪する、醜い姿と貧しい心だけである。
 

つづく

山と森への恋文(ⅩⅢ)

 最も沢に近いところに成育する巨木にはトチや沢グルミがあり、これらはツキノワグマの大好物だ。

日当たりの良い沢筋にはこの他に、同じくクマの好む山葡萄が沢山ぶら下がっているから要注意である。

 

もっとも、クマは人の気配をいちはやく察知して、「君子危うきに近寄らず」とばかりにさっさと退散するから、たいていの場合事なきを得る。が、中にはその餌場に強い執着を見せるものがいて、その場合は低い声で唸って威嚇してくることがある。

この唸り声に気のつかなかった人は運のなかった人で、知らずにさらに近ずくと御対面となる。

大怪我のひとつで済めば不幸中の幸いと言わねばならない。

 


  東京方面から来る釣り人の中には、なんでもないところで爆竹を鳴らす人がいるが、ヒグマの住む北海道でもあるまいに、と苦笑しながらいつも思う。


唸り声が聞こえてきたら、犬を追い払うときのようにシッシッとやれば良いのであって、それでクマは渋々逃げていくものなのである。

この方法は朝日連峰の茸とりに教わったのであるが、実に効果的な方法である。

森の中の動物は平和的で、彼等にとって人間ほど恐ろしいものはこの世に存在しないと言う説には、深く頷かせられるものがある。

 

つづく

山と森への恋文(ⅩⅡ)

立ち枯れの山毛欅にコフキサルノコシカケが生えている場合はキツツキの格好の餌場になるようだ。しかし、忙しく響いてくるあの音と、彼らが開けたと思しき沢山の穴を見聞きすることがあってもその現場を見ることはめったにない。

 

だいたいが、山毛欅の森では聞こえてくるさえずりの割に、鳥達の姿を目にすることが少ないのは、鬱蒼とした樹冠と、分厚いその重なりの中に生きもの達の姿が包み隠されているからに違いない。

             

 

   群風

   

渓谷を遡ってきた風達は
    葉脈のように分岐した
    夫々の流れの果てに立ち塞がる
        山毛欅の森に出会った

   

彼等は遠く海を見てきた
    街を越えて
    うごめく人の群れと
    林立するビルの谷間を通り過ぎた

   

モンゴルの馬の背をかすめ
    珊瑚礁のイオンを吸い込んで
      渚の波を薙ぎ倒し
      ひしめく車を追い越して
この鬱蒼たる山毛欅の森に辿り着いた

   

風がくると
    それまで黙っていた山毛欅達の
ざわめく声が聞こえてきた

   

風と山毛欅が話し始めると
    小鳥達は黙り込んだ
      川も
      岩魚も
      獣達も
      厳粛なものを聞いていた

   

みんな命達は
自分の運命の行く末を聞き漏らすまいと
        じっと息を凝らしていた

 

 

山毛欅の森は話をする。

穏やかな微風には葉を鳴らす。

嵐のときは枝も幹も呻き声を上げる。

霧、霖雨、雷雨、雨の日には色々な歌を歌っている。

晴天の穏やかな日でも、堅い幹に耳を押し当てると、毛根から葉脈までつながる命の囁きが聞こえてくる。嘘ではない。森の中でのあらゆる事象は、山毛欅達の倫理に支配されており、僕達の常識が遠く及ばない別世界なのだ。

そして山毛欅と関わっているすべての生き物は、哺乳動物から菌類の一片に至るまでその生活のほとんどを森に委ね、互いに関与しあって、森の生態系の一翼を担っている。
 

それはまるで母親とその乳房にすがりつく赤子との関係のように信頼と安らぎに満ちている。

僕達の祖先である縄紋人達の豊かな心を思う時の感慨は、深いものがある。

そして山毛欅の森に魅せられたこの僕も、そのようにありたいと思っていることは言うまでもない。

 

つづく

山と森への恋文(ⅩⅠ)

 先の、山女魚どめの滝は落差が5メートルほどあって、落ち口から滝壺にかけて、斜めに流木が橋をかけている。

遡上期の山女魚達は、この落差に向かって飽きもせずにジャンプするが、太古の昔からその試みのむくわれた事はただの一度もなく、滝上に、もし山女魚の姿を見つけたとしたら、それは僕の悪戯ということになる。

そこの山女魚は当事者の僕でさえ、ただの一度も竿を出したことがない、いわば僕の隠し山女魚なのだ。


 

 この滝のひとつ下のF2からは渓は急激に険しさを増し、狭まったゴルジュの中に断続する深い深淵は、両岸の山毛欅の葉色を溶かし込んで四季折々の変化に富んだ色合いを見せる。

断崖に立つ山毛欅の幹の狭間から渓谷を見下ろすと、淵尻に悠然と浮かぶようにとどまる山女魚達の姿が見える。

時折身をひるがえすのは流下する昆虫を捕食するためだろうか。

白銀の腹がギラリと光った。

 


  魚の腹はなぜ銀白色なのか、長い間疑問に思っていたが、ある日NHKか何かで、その答えを聞いて納得がいった。

水底から空を見れば水面が鏡色に光って見えるため、下方から襲い来る魚食魚に対しての保護色なのだそうである。

 

話が逸れたついでに、未だに解決できていない疑問がある。

それは『力まかせに木をつつくキツツキが、なぜ脳振盪を起こさないのか』というものだ。

誰か知っていたら教えてくれればありがたいのだが。

 

つづく

山と森への恋文(Ⅹ)

 色々なことを考えながら遡る僕の視界に、川幅一杯に飛沫を上げるF3が見えてきた。

  あの滝上に、僕だけの巨木の森は広がっている。

 滝を境に、あれほど恋に身をやつしていた山女魚達はぷっつりと姿を消してしまう。

 

この川を釣り上ったこともないくせに、さも釣り上ったふりをして、自分の書いた文章に、『大倉川の源流には岩魚が住む』、などとデタラメを言っている何人かの有名な釣り人を僕は知っている。

 

不思議なことにこの川には源流まで岩魚いなかったのだが、最近の漁協による埋没放流によって下流では岩魚が釣れるようになってきた。

この現象を喜ぶべきか、悲しむべきかは人によって意見が異なることだろう。

 


  最近は岩魚の領域に、山女魚を放流することの是否が、一部で問題になっている。

そのことが本来在るべき生態系を乱し、岩魚を絶滅に追いやるという意見であるが、その意見は少し短絡的すぎるのではないのだろうか。

  山女魚と岩魚の混成している川に行くとわかることなのだが、そんな川でも全川に渡って分布が平均しているわけではなく、落差があって伏流の多いところは岩魚、落差に乏しく砂利や砂の多いところは山女魚、と、上手に住み分けていることがよくわかる。

つまり、岩魚の衰退は山女魚によるものではなく、岩魚に適する環境の喪失によるものと言えるだろう。

川に砂が多くなったのである。

 

その原因は、原生林の伐採と無秩序な林道の建設、さらにそれ等と切っても切り離せない砂防ダムの乱建設によるものであることは間違いのないところである。

 

ともあれこの大倉川には、支流の横川を除いて岩魚の自然生息は認められず、それが何によるものなのか僕は知らない。(平成2年以降放流により一部に生息)。

 

つづく

癒しの音楽

震災後お店では実に6回もセッションや練習会などの演奏が行われました。

 

TRADさん、あいりっしゅのみなさん、SEIDOU&ATTIさん、それからMさんたちのクラシック。

 

音楽の持つ力をこれほど感じたことはありません。音楽の前にはどんな美辞麗句さえも霞んでしまいます。

 

セッションに参加しているヘアーサロンリーフの千葉さんのバンド仲間も出演している映像が素敵です。

皆さんも癒されてくださいね。

http://www.youtube.com/watch?v=s3woUe-b-Zc

山と森への恋文(Ⅸ)

林野庁の役人や林業の専門家は、森を語るときに次のように言うことがある。

「人間が手を加えてこそ健全な森は育ち、野放しにした自然林など百害あって一利もない」と。

 

この様な考えかたは、杉や檜の人工林には当てはめるかもしれないけれど、僕達が保護を望む森は、多種多様な樹種が山毛欅を中心として複相している原生林なのだ。

理念や机上の計算どおりにはいくわけがない。

 

森は極相林であっても、彼等が言うように荒れ果ててなどいず、そのようなイメージさえもない。

それどころか、死んで横たわっている山毛欅の周りには新しい命の幼木が、次の世を目指してそこここに伸び出している。

 

  どこの山であっても、源流や中腹から上には、手つかずの自然林を残しておいてほしい。

それが麓の植林地のためにも、下流に住む人々に水や豊かな心を提供したりするためにも、失われつつある未来を救うためにもベストの選択なのではないだろうか。

         

 

神になりたい

 

さて。僕達は何をしようか


  どこもかしこも 何も彼も
      すべて変えたし改造した

 

  さて。これから何をしようか

 

  海辺も川岸も
  すべて鉄と石にした


  あらゆる山には木を植えた

 

  僕達は人間なのだから
  いつも向上心をもって
      神になろうと努めてきた

 

  神になれれば
      水もいらない
      空気もいらない
      何もいらない

 

  早く
    早く神になりたい
    何も彼も失われてしまう前に
 

 

つづく

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